月明かりの夜に

 昨晩は、お月さんがまんまるで、ほんとに、気が遠くなるような、きれいなきれいな夜だった。うっすらと、控えめな雪化粧をした比良山が、月明かりに照らされて、まるでなんちゃらアルプスのようで、こういう透き通った月夜はいい。そんな中を、つれと真夜中の散歩。自分らの影がぽちょんと、足元に沈んで、かわいい分身たちと歩く。ふと見上げた空に、かまいたちのごとく流れ星。あ、っと思わず声が出た。そんな夜。
 月食も見事なものだった。日本で初めて見る欠けた月。ベランダからみるのだけではつまらなくて、急いで車を走らせて、琵琶湖のほとりの鳥居の下へ、髪も濡れたままで。人がたくさんいるかと思ったけれど、だれひとりいなかった。広い琵琶湖と、大きな鳥居、お月さんが全部自分らのものになったみたいで、寒さもふきとんだ。持ってきたブランケットは、いつの間にか敷物になっていて、寝転んで月を見上げた。まるで、空に浮かぶたこ焼きか、みたらし団子か、なんて、食い意地のはったことばかり。つれも、月食をみるのは初めてだったという。

 月食で思い出すのは、ブラジルの夜。ハンモックを壁から外して、下に敷いて寝転んで、ただ欠けていく月、満ちていく月を何時間も見上げていたこと。二千何年か忘れたけれども、月食が頻繁にみれた年があって、そのときは小さなお祭り騒ぎだったのを覚えている。うちの犬も呆れるくらい、弟と、母と三人で見上げた空。顔をなめられたり、頭の上に座られたりしながら、わいわいと月食を楽しんだのだった。今思えば、それももう、だいぶ前のできごとなのだ。つい最近まで高校生と思っていたのに、もうすぐ高校生の自分は、十年前の自分になろうとしている。記憶が薄れたり、人の名前を忘れるのも無理はない。自分はもう、子どもではないんだ、とふと思う。大人になった気なんてちっともなかったのに、もう確実に子どもではなくなっている。その不思議を、まるで他人事のように口にしている。

 今夜も、きれいなお月さんがみられるだろうか。見られるならば、もう一度高校生の自分に話しかけてみようか。影みたいな過去の自分と、いま一度、向き合ってみようか。今はそんな気分です。

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