逃避行

 ここ数日、落ち着かない。こころが、どこか遠くへ、遠くへと行こうとする。日本を離れたい、そういう気持ちがむくむくと大きくなっていて、いや、でも、どこへ行こう。

 ブラジルに戻って、なにか仕事を始めようか、いや、いますぐそんなことはできない。つれはポルトガル語も、英語も話せない。ふたりで食べていくためには、きちんとした職が必要だ。でも、いまのわたしにブラジルですぐに職がみつかるだろうか。それに、まだ解決できていない問題がたくさんある。カフェの仕事もあるし、なにもかも中途半端なままだ。いま、外には出て行かれない。だけど、こころが帰ってこない。どこか、遠くへ、遠くへと旅をしたがっている。

 私が生まれた街、Bragança Paulistaという街が、サンパウロ州にある。その街で暮らしたことはないのだけれど、その街の中心街が、頭から離れない。 丘の上に、綺麗な礼拝堂と広場があって、そのまわりは一帯が石畳の街並。大きな樹が、地面に光と影の濃いコントラストを作りだしていて、そこだけまったく別世界のような美しさが広がっている。その広場から、商店街へとつながっていく。坂道に並ぶ、いくつもの店、多くの人が行き交う。サングラスに、薄着の女性、短パンの青年、スーツ姿のサラリーマン、シスター、手をつないで歩く老夫婦、手持ち無沙汰な警察官、家を持たないホームレス、乞食。ブラジルの雑踏、風のそよぎ、笑い声。街の記憶が風と一緒に、わたしの頬をうちつける。 かえりたい。 なぜ急にこんなに帰りたい気持ちになったのだろう。先日、文章を書くために記憶を掘り起こしてきて以来、どうやらわたしのこころはブラジルに帰ったきりになっているようだ。連れて帰ってこなくちゃ思いつつ、連れて帰ってきたくない。
 もしかしたら、わたしはまた戻るかもしれない。あの日差しと影に肌を染めるそのためだけに、帰ってしまうかもしれない。そのときは、ひとりでなく、ふたりで。これは、逃避行になるのだろうか。わたしたちは、このさき、どこへ行くのだろう。明日のじぶんが、どこにいるかさえわたしにはわからないよ。

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