わたしと、叔母と、Andyさんと、



 久々に、叔母の写真をみて、衝撃を受けた。わたしにも、月日が流れたように、叔母にも同じような時の流れがあったのだと感じた。彼女は、言ってしまえば老けてしまった。多分、それはわたし自身にも起きている現象だ。わたしがブラジルを離れた20の夏、おばは28だった。それから、今年で7年になる。あっという間の7年間だったけれど、老いはその間、息をひそめながらわたしに、叔母に忍び寄っていた。もちろん、わたしの母や、父にだって。

 その叔母をみて、思うことがある。彼女は、今のわたしが悩み、葛藤していることを、ずっと昔から経験していたんだということ。彼女が既に辿った道のりを、わたしは何周も遅れて、今、ふらふらと歩んでいる。別に、叔母の真似をしたわけでもなく、影響を受けた訳でもない。
 母は一度、叔母を責めたことがあったけれど、叔母はわたしの選択には一切の関わりはなかったし、そのような難詰を受ける筋合いはなかった。本人の目の前でなかっただけましだったけれど、そのことは今でもわたしを嫌な思いにさせる。それに、叔母がたとえ、「そうでなかった」としても、わたしは結果的には今の場所に落ち着いていたような気がする。必然とか、運命とか、よくわからないけれど、わたしは遅かれ早かれ、こういう選択をしていただろうと思う。だって、もう本当に、男とか、女とか、どうでもいいんだもの。そんなの取るに足らないことと思う。
 むしろ、今現在、自分が生きているというだけでも奇跡的だ。生きるか死ぬかの瀬戸際にいた自分が、ここまでよく持ち直せた、と思う。わたしが、世間様が言う「ふつう」の通りに生きていたら、もう何年も前にいなくなっていただろう。それはつまり、わたしの両親や、友人たちには救えないなにかが、わたしの中にあったということだ。Andyさんではなくてはできなかったこと、この二人じゃなくちゃできなかったこと、絶対にあると思う。
 
「ふつう」って思われてることに、自分を押し込もうとしてもできない。少なくとも、今まで押し込もう、押し込もうとして、ことごとく失敗してきた。失敗の数が増えれば増えるほど、自分のこと嫌いになったし、信じられなくなった。今はその逆だ。「ふつう」に抗って、自分が信じるほうへ、さらにその奥へって思ってる。生活は楽じゃなくても、他人になんて思われようとも、自分がおかしいと思うこと、信じられないことに、自分を当てはめたりなんてしない。
 わたしが見ていた叔母は、自分を当てはめたりしなかった。それは、Andyさんに通ずることでもある。わたしは、社会の枠組みに、常に自分を当てはめようとしてた。だから、苦しかったし、つらかった。もちろん、自分自身の信念を貫くことも、同じように苦しいと知っている。わたしが、叔母やAndyさんに救われるのは、自分の信念を、悩みながらも貫いて、突き抜けてしまっているところだ。困難が多くても、自分がなんなのかを知っている。知っていて、自分が自分であることを肯定している。それは簡単なことじゃない。だけど、身近にそういう難しいことをやってのけている人がいるってことが、わたしにとっては嬉しい。今でも、毎日を乗り越えられるのは、そういう存在が身近にいるからだと、思っている。その一方で、今、この瞬間も途方にくれて、絶望して、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる人々がたくさんいるんだってことに心が震える。どうして、ここまで人々は「ふつう」にこだわるのだろうね。「ふつう」が一番キチガイじみているというのに。
 
 

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