きっと次は、





 
 先日、職場で残念なことがあった。私の職場は、とてもオープンでマイノリティにも寛容な社風だ。外国人であるわたしを受け入れるだけではなく、LGBTへの理解も厚い、はずだった。この企業を選んだのも、ここなら過ごしやすく仕事ができるかもしれない、という希望があったから。ただ、ひとりひとりの認識にはやっぱり差があって、あぁそういうこと言ってしまうんだな、とスタッフの言葉に耳を疑う事件があった。

  今の職場には、MtFのトランスジェンダーの方がいる。その方が入社して、わたしは内心とても嬉しかった。オープンな環境でMtFの方が働けるのはとても素敵だし、会社にとっても、closedで本当の自分を隠して生きている人にとっても、勇気を与えられるようなことだと思ったから。ただ、スタッフたちはいくら勉強する機会があっても、根底のところではどこかでその方を「ネタ的」な感じで扱っているような気がするし、そう思ってしまうような現場に数回立ち会ってしまった。

「○○さんに抱かれてみたらいいじゃない」とか、「どっちもいけるクチらしいから、狙われちゃうかも」だとか……その方の話し方を如何にも卑下したようなモノマネをしてみたり…そんなことしなくてもいいじゃない、と思うことは多々あった。

  たとえそれが本人のいないところで、こっそりと交わされた話だとしても、ちょっとした笑いをとるためだったとしても、許しがたいコメントに私は思えた。黙っているだけで、その言葉に傷つく人はいる。万が一、本人がそれを聞いたとたらどのように思うだろう。いい気持ちはしないだろうなとわたしは思う。少なくとも、わたしは胸をえぐられるような思いだった。わたしは自分のセクシュアリティはよくわからないけれど、傍からみたらLGBTと言われる立場だ。だからといって、誰でも彼でも性的な目で見ているわけではない。セクシュアルマイノリティがいつも性的な目で人を見えていると思われては困る。それに、こちらにだって選ぶ権利がもちろんある。ただ、恋愛対象が同性だというだけ、ただ性自認が実際の性と違うだけ、それだけのことのはずだ。それこそ、個性の範囲の違いだとわたしは思うのに、人間性の違いや頭のネジがどこかでおかしくなっていると判断することのほうがよっぽどおかしいし、不自然でしょう。

  情けないことに、わたしはそれらの現場でただ黙ることしかできなかったということだ。そういうのやめましょうよ、と場の空気を乱すことなくフランクにいう方法はいくらでもあったはずなのに、ぐっと舌を噛んだ。まるで毛玉を呑み込むような気持ち悪さだけがあとに残った。まわりのスタッフの笑いが余計に苦みを増長させた。結局のところ、わたしは恐れているんだ。ひとにどう思われるかということを。それが実のところ一番悔しい。

  私自身も、もっともっと自分自身らし生きていけたらいいのに。なにも隠すことなく、素っ裸で。そう思いながら、わたしは自分の内向性を熟知しているから、それが難しいともわかっている。もう少し、ほんの少しでもうまく折り合いがついたらいいのに……


  次回、そんな場面に出くわしたら、次は何かしらのアクションがとれるようにしよう。少なくとも、それがちっとも面白くないことなんだと示すことができたらいい。


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