『オリンポスの果実』と妄想



 琵琶湖の近くに住んでいると、水について考えることが必然と増える。綺麗な水のこと、生活水のこと。でも、それだけじゃなくて、水に関係するスポーツをしている人にもよく出会う。仕事上、よく人と話し、人のライフスタイルを把握して、コンサルテーションをする必要があるのだけれど、若い男女で日焼けをしているひとたちの中には、ボート部に属しているというひとも多い。自分から漕いでいる女の子もいれば、マネージャーもいる。男の子は大半が漕ぎ手だ。


 最近は、そういう子たちに出会うと、きまってある小説を思い出す。田中英光の『オリンポスの果実』という小説だ。この作家は、生前は太宰に師事していて、相当大きな影響を受けた。太宰の自殺後ショックのあまり睡眠薬中毒になり、1949年には太宰の墓前で自殺したそうだ。

 『オリンポスの果実』は、田中自身が1932年のロサンゼルスオリンピックで早大漕艇部の一員としてオリンピック出場を果たしたときの、実体験をもとに書かれた私小説で、ヒロインの「熊本秋子」という人物にも実在のモデルがいる。
 
 実体験といっても、オリンピックでどうのというよりも、秋子への恋心と、まわりの部員たちとのやきもきするようなやり取りがメインの内容で、それこそ、もう、なんでこんなくだらないことで、こんな悩んでいるの!あほちゃうか!って叱りたくなるような内容なんだけれど、呆れながらも最後はどうなるんだろうってぐいぐい読まされた。

 読みながら、漕艇部の面々の主人公に対する扱いの雑さというか、男子の多い部活にありがちな相手を貶めるような言い草の連続にげんなりしてしまうのだけれど、人の日記や手紙を盗み読みするような感覚(下世話ですが、わたしは盗み読みする感じが好きです)が楽しめるのがよかったし、普段自分が出会うボート部の人々もこんな会話をしているのかもしれないなぁ、とぼんやり妄想できたのが楽しかった。まぁ、今はそんなことどうでもいいことだろうし、LINEだったり、連絡を取り合うツールがいくらでもあるわけだから高校生や大学生は楽だろうな。

 ただ、小説を読み終わってから田中英光について調べてみるまで、まさか自殺していたことや、薬物中毒になっていたことが信じられないほど、『オリンポスの果実』はなんてことのない平穏で緊張感のない小説で(少なくとも、わたしはそのように感じたわけですが)、そのギャップに非常に興味を持ってしまった。他の小説も読みたくなったし、田中英光がどうしてそうなってしまったのか、そんなことが気になって仕方がない。でも、今思えば、主人公の坂本の他者との関わり方は、田中自身の顛末を予感させるような一面ああったようにも思える。ペシミスティックというか、物事をドラマチックに捉えすぎるような点がね、なんとなくだけど。

 わたしが日々会っているボート部の子たちは、少なくともとても楽しそうに青春を謳歌しているわけだけれど、彼らの胸の内にもいろんな思いがあって、将来いろんな形で苦労したりするのだろうかなぁ。自分の中のウォッチャー精神に気持ち悪さを覚えつつ、そういう妄想がとまらないのでした。

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