book review #『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』



 わたしは昔から神話がとても好きで、本を読んだり、インターネットで調べたりしていたけれど、それは今も変わっていないらしい。人が、あらゆる物事を説明するために、想像して作り出したいくつもの物語は、奇怪なものもあれば、納得いくようなものも多くて、思わずため息をつくほどの想像力。多分、わたしは、そういう人間の想像力や、探究心に対して、強い魅力を感じているのだろうな、とこの本を読んで思った。



『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』(ちくま学芸文庫 池上英洋著)

 ちょっと前に、職場のそばの本屋で見つけた大学の恩師の著書。面だしされていて、お!っと思って買っていたくせに、ようやく今になって読んでいます。


 個人的に、特に気になったエピソードは、「ゼウスの愛人たち」に出てくるおおぐま座の話。ゼウスは、男性嫌いの処女神ディアーナ(アルテミス)に仕えるカリストをものにするために、カリストの主人であるディアーナに変身して、その欲望を満たすわけなんですけれど、変身術もここまでくると脱帽レベル。
 当のカリストは、ゼウスの子どもを身ごもり、それを知って激怒したディアーナによって熊の姿に変えられてしまう。のちに、山で出会った実の子アルカスに殺されそうになるところをゼウスに助けられ、おおぐま座として天上に送られる。

 クリムトの有名な絵画の「ダナエ」の足の間の金色のモチーフが、ゼウスが金の雨に変身した姿だったというのも知らなかった。クリムトの絵画に出てくる様々なモチーフが、生殖器のメタファーだというのは知っていたけれど、勉強不足でした。ダナエ、すごく好きな絵だから、意味がわかって嬉しい。


 あとは、プシュケーの語源についての話。プシュケーは、人間なのにあまりに美しかったため、美神ヴィーナスに嫉妬されてしまう美女のこと。プシュケーの語源は、ギリシャ語の「息」。それがのちに「魂(心)」を表すようになるのだとか。生きることに不可欠だし、生きることはそのまま呼吸することだから、とても自然な成り行きだ。"psycology"(心理学)ってなんでこんなみょうちくりんな単語なんだろうと、高校時代心理学の授業の度にぼんやりと思っていたことのこたえが、こんなところで見つかるとはと驚き。魂の学問だからなんだね、納得です。

 こういう絵画にまつわる様々なバックグラウンドというか、記号化された意味を知っていくと、絵画に触れることが何倍も、何十倍も面白くなるところが好き。


 関係ない話だけれど、この間ひさびさに「ダヴィンチ・コード」を観たんだけれど、ラングドン教授を見る度に、著者の池上先生を思い出します。見た目がに似ているわけじゃないんだけれど、なんとなくね。




個人的に思ったことなので追記。

 カリストは、ディアーナに仕えていて、その女主人に変身したゼウスと交わったわけですが、カリスト的にはディアーナなら良かったのね、ということ。処女神に仕えていたから、禁欲的というよりはむしろ、男性嫌いというところがポイントかな、とぼんやり。ディアーナがカリストを熊に変えてしまったのは、男性であるゼウスと交わったことに対してたのか、禁欲を破ったことに関してなのか、果たしてどちらなんだろうね。

 あとひとつ。ディアーナに仕えていたのであれば、もしかしたらカリストは、主人に逆らうことが怖かったということも考えられるよなあ。いずれにせよ、踏んだり蹴ったりなキャラクターだ。



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