あぐらをかいたらいい


 久々に、休みらしい休みを満喫している。仕事を辞めると決めて、2月はすこし休む時間が欲しいと伝えていたから、シフトはかなり抑え気味。その分、来月、再来月はすこし生活が大変になりそうだけれど、まぁそれでもいいかなって思っている。まったくもって根拠のない自信。不思議なことだけれど、辞めることを決めてから、仕事がなんだかうまくいっている。自由になれる!っていう開放感がわたしをうまく動かしているのかな。(実のところ、えんがあれば、また違う形でこの企業で働きたいとは思っているから、それまでの間farewellという感じで思っているんだよね。)


 先週末は、神山で二泊三日の小旅行に行ってきた。つれあいの単身赴任先に遊びに!山の中だから、それほど多くのことをしたわけではないけれど、棚田を見るために細い山道を車で探検したり、滝を見たり、面白い整体を受けてみたり、山奥の山姥に会いに行ったり…うそ、山姥には会わなかったけれど、山奥の民宿のようなところで楽しいランチを楽しんだ。もちろん、散歩もした。

 で、二日間働いて、また四日間のお休み。今日は二日目だけれど、わたしが家で何をしているのかといえば、ずーっと編み物をしている。こつこつ、何時間も飽きることなく編んでいる。編んでいる間は無心のときもあれば、わりといろんなことを考えていて、自分が編み物を好きな理由だったりとか、根気についてだったりとか、結婚出産こと(自分はそういうことに無頓着だし、焦りをまったく覚えていないのだけれど…)とか。いろいろ頭の中には巡っているのだけれど、最終的に行き着くのは「これでいいのだ」っていうこと。貧乏でも、周りの人とちがっていても、自分がそれでいいと思えたら、それでいいわけだし、わたしは自分自身を誇りに思っていい。そういう自分を好きでいてもいいと思うし、そういう自分が存在していてもいいと思う。とっても楽天的で、ちょっとばかっぽいくらいボジティブな感じなんだけれど、それくらいじゃないと生きていけないなぁ、と思う。

 そこ抜けの自己肯定感って、数年前までの自分にはなかったものだ。自分を受け入れられなくて、自死しようと思ったこともあったのに、今ではそれもうそみたいに思える。あのときの孤独感は、どこ行っちゃったんだろうね。多分、あのとき孤独のK点越えができて、開き直ることができたのだろうな。孤独を踏み固めて、今のわたしになったのだと思います。それはすごく頼もしいことだし、誇りに思う。わたしはわたしであるという諦めというか、開き直りって大切だ。それができないと、とりかえしがつかないことになる。とりかえしがつかないことになるくらいだったら、今の自分にあぐらをかいたらいい。人になんて言われても、自分の思いを貫いたらいいし、自分を貫いたらいい。そしたら、人のことをジャッジするようなこともなくなるし、批判も、比較も、劣等感も少なくなるだろうに。自分を受け入れるように、他人のことも受入れたらいいのにね。だから、みんながみんなあぐらをかいたらいいよ。

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