断捨離だって好きだけど、






断捨離はわりと好きだし、わりと家の中は整っているほうだと思う。ブラジルで生活していたときの部屋には、ベッドと勉強机しかなくて、持ち物はクローゼットの中にすべて収まっていた。多分、ものが少ない生活の心地よさを知ったことと、意外と少ない持ち物でも生きることができることを、そのときに学んだんだと思う。だから、ものを捨てることにあまり抵抗がなくなったし、余計なものを増やしたくなという気持ちが芽生えた。その一方で、ちっとも断捨離できてないところが自分の人生にもあるなっていうことには、きちんと気づいていた。目をそらし続けてきたけれど…



今回、友人のぽちゃんに垣谷美雨の『あなたの人生、片づけます』という本をいただいて、数時間で一気読みしてしまった。小説にのめり込むのは久々だった。

訳あって部屋が片づけられなくなった4人の登場人物が、片づけ屋の「大庭十萬里」に片づけ方の指導を受けていくうちに、部屋だけではなく、心が片づけられて、解放されていく物語だ。

この本の面白いところは、登場人物たちの「片づけられなさ」と、その理由となる精神的、心理的要因を、読んでいるこちら側も少しずつ理解しながら、一緒に一歩一歩進んでいくことができる点だと思う。

登場人物の心の中の声が、読んでいるわたしの心の中の声と共鳴して、ああ、なるほどなって、納得しながら、彼らの心の細かな動きと、ものとの付き合い方や、人との付き合い方、どこでつまずいてしまったのかに共感してしまった。登場人物4人のつまずきは、実は読み手の自身のつまずきでもあるんだよね。



例えば、「ケース1 精算」の汚部屋に住む春奈というOLは、自分の思っていることを溜め込んでしまっていて、それがストレスとなって汚部屋を生み出してしまうんだけれど、その気持ちのモヤモヤと霞がかかった感じや、その不快感が所有物に宿ってしまっているところなんかは、アウトプットが苦手な自分自身に対する自戒のようにも思われた。

そう。わたしにも、言えないまま溜め込んでしまって、考えるだけで憂鬱になったり、見ないふりをしている問題がある。片づけた方がすっきりするとわかっていても、身動きがとれない。そういうものに縛られていると、やっぱりどこかすっきりしない感じがして、据わりの悪い感じがずっと続く感じがする。わたしの心の中にも、春奈は住んでいる。


「ケース3 豪商の館」なんかも、思わず自身を省みずにはいられなかった。いつか、念の為、まだ使えるからという気持ちで、使っていないもの、今後も使うことがないだろうものをキープし続ける、老女泳子の話。泳子の家は、ケース1の春奈の家とは違って、掃除は行き届いているし、片づいてはいるけれど、ものを多く持ちすぎてしまっているパターンだ。

このケースでは、老いていく親と子の間で必ず生じていく、親の死後に残されるものをどう処分するのかという普遍的な問題を描いている。身近なところで言えば、泳子の姿は持ち物の多いパートナーのお母さんと重なる。また、不要なものを処分してくれと泳子に言い続ける娘の睦美も、実家との問題で揺れ動くパートナーのお母さんの姿でもあるし、同時に、わたしやパートナーの姿とも重なる。

いくら未来に備えていても、人は必ず亡くなってしまうし、天国へはなにも持って行かれないから、自分の持ち物を整理することは、終活の一部なんだよな。きちんと身のまわりのことを整理しておくことは、残される家族に対する思いやりでもあるし、所有しているものが少なければ少ないほど、管理する手間は省くことができて、身軽になれる、不安を取り除いていける。

泳子は片づけを通して、自分の将来の不安と向き合って、溜め込んでいたものを片づけ始める力を得るのだけれど、自分たちも彼女のように立ち向かっていく必要があるなと反省した。だって、わたしたちは泳子でもあるし、同時に睦美でもあるから。




断捨離って、ただ単に住まいを綺麗に整えるというだけではなくて、実は心を整えるという側面のほうが大事なんだよなって思う。事実、わたしのパートナーは仏教系の高校に通っていたのだけれど、「掃除、挨拶、学問」が校訓だったそうだ。掃除が1番最初にくるのには、大きな意味があるなと。

わたしの部屋は物理的にはわりと片づいてはいるし、断捨離だって好きだけれど、自分の心の中はちっとも整理できていないし、片づけないといけない問題がかなり多くて、汚部屋状態になっている。この本を読んで、心の片づけ方のヒントをもらった気がするし、自分のつまずきを再確認できたのがありがたかった。やっぱり、言いたいことは言った方がいいし、大事な人のためにも常に物事を整理して、整えて身軽でありたいなと思った。

自戒と反省。共感と納得。良い読書経験だった。

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