四連勤、最終日

 世間様が三連休という中、わたしはずっと働いていた。フルタイムの四連勤。今日がその最終日。普段は六時間勤務が普通なのだけれど、今回は八時間勤務も多かった。毎日毎日変わっていくお客さんの顔をみながら、世間様の流れをを目で追いながら、社会人になることの大変さを噛み締めていた数日間だった。って、「だった」じゃないか。まだ今日一日があるのだから。
 明日、明後日は久々の休み。汚くなった部屋を片付けなくちゃ。そして、就活用の証明写真を撮らなくちゃ。職場で撮ってもらうのは、気恥ずかしくて、少し嫌だけれども。だけど、社割が効くから。貧乏学生には、どんな割引も嬉しいのです。二日間休んだら、また四連勤。三月末は、本当によく働いている。四月の生活のためだ。これからは金銭的にどんどん苦しくなっていくだろうから、遊んでなんかいられないわけで。
 遊びのない生活だけれど、早寝早起きをしているだけで、なんだかとても冷静な気持ちになれる。でも、どこかで大事なものが薄れていくような気もしている。ひとりぼっちの部屋に広がる、寂しさだけが濃密になって、私はそれから逃げるように眠っている。会いたい人にも会いにいけない。話したいことも怖くて話せない。そんな自分の本音に布をかぶせるような眠り方。朝になれば、仕事に行く。夜帰ってきて、すぐに眠る。淡々として、物語がない。心が動くのは、帰りのバスからおりたあと、ゆっくりと渡る歩道橋の上。毎日、音楽を聴きながら立ち止まる。空の色が、もう冬の色をしていない。暗いのに、どこかさわやかで、空気もあたたかい。仕事終わりに、泣きそうな気持ちになる。しばらくぼんやり空を眺めて、まだまだ細い月を眺めて、そそくさと帰る。ようやく、頭の中にぽつぽつと言葉が生まれてくるのだけれど、憂鬱になるから考えるのをやめてしまう。逃げるように、眠る。そんなことの繰り返し。
 やけくそ、という言い方はおかしいけれど、もうどうでもいいかな、と思うようになった。わたしは、どこへいってもやっていけるだろう、ってよくわからない自信が出てきた。いや、諦めか、それとも開き直りか。でも、本当にもうどうでもいいんだ。苦しくなるような生き方はしたくない。だから、できることをやろう。それが人様から軽蔑されるやり方でも。なんて、少しも大人らしくない言い方。昨晩、大人になったことを自覚した、とどこかで書いたけれど、それは多分嘘だ。わたしは、日々後退していく精神年齢を、かろうじて抑えている。
 さて、そろそろ準備を終えないと、大変だ。遅刻だけはいやだから。バスは十時半に出る。

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