十月一日、くもり。



 気づけば十月。ようやく、秋めいてきた日々。ここ最近は毎日、つれあいの家と我が家を行き来。今日は、つれあいの初出勤日。転職先が決まったのは、もう半月ほど前のことだけれど、それから今まで、なんと目まぐるしい日々を過ごしたことか。早起きをしたり、規則正しい生活をはじめたり、と、なんだか主婦のような日々。だけど、わたしは、相変わらずのろのろと歩んでおります。

 今年に入ってから、わがままに生きるようになった。そうしようとして、そう生きるようになった。たまに、無責任もするようになった。二十四になって、こんなことでいいのかしら、と思う。だけど、わたしには、そういう面も必要だったのかもしれない。これは、言い逃れかもしれないけれど、少しずつ厚かましく、図々しくなる練習をしている今日この頃。そのせいで迷惑をかけている人もいる。そういう人々には、深くお詫びしたいと思いつつ、こんなわたしを許して下さい、ともお願いしたい。それでもやはり、これは都合のいい言い逃れかもしれないのだけれども。


 卒論、であるはずの文章が、エッセイめいてきている。書きたいことを書き始めたら、そうなってしまった。自分が経験したことを、自分で分析して、みえてきた荒れ果てた大地のような、広がりのある「場」。わたしはそこを、這いずるようにしている。触ってみたり、なめてみたり、食べてみたり、吐いてみたり、踏んでみたり、ごろごろ寝転んでみたり、ふにふにしてみたり、いろいろに調理するように、その「場」を行き来している。今まで考えてきたこと、感じてきたこと、それが文章となるのは嬉しいような、だけど苦しいような。快楽と苦痛は紙一重かしら、とぼんやり思う。
 それでも、書かなくちゃいけない、と思えるのは幸福かしらね。だって、他のことがどうでもよくなるほど、わたしはそれに捕われているのだから。友人は、そういうテーマがあってうらやましいと言った。わたしは、それに賛同しかねるけれど、だけど、幸せなことなのかもしれない、と思うようにしている。そうでもしないと、やっていかれない。

 このさき、わたしはどう生きていこうか。日々、生活の合間に考える。このままではいられないのだから、どこかにいかなくてはいけない。就職もしなくちゃいけない。だけど、どうもちゅうぶらりん。どこにいくべきかしら、どこにいこうかしら。わたしには、このさきどんな未来が待ち構えているのだろう。わがままになったわたしは、どうやってそれと対峙するのだろう。日々、心配はつのる。不安も。だけど、生きるしかない。支えなくちゃいけない人がいるし、自分自身も支えていかなくちゃいけないのだしね。

 のろのろですが、今日も明日も、明後日もがんばりましょう、わたし。


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