Visionをもつこと



 生きる上で、visionをもつことは大事だ。とくに、目の前が真っ暗になったり、道に迷ってしまったり、途方に暮れてしまうときにこそ、visionをきちんと思い浮かべることが大事だと思う。


 わたしには「こういう風に生きたいな」と思い続けて、3つ達成させた夢がある。まず、パートナーとふたりで自立した生活ができるようになったこと。次に、毎朝、お弁当を作れるようになったこと。最後に、洋服を自分で作って制服化できたこと。人によっては、なんて小さくて、つまらない夢だとばかにされるかもしれない。だけど、わたしにとっては自慢できることだ。

 今も、次の夢に向かって日々生きている。現在進行形の夢は、フレキシブルな働き方を見つけること、身の回りのものをできる限り手作りすること、既存のパターンじゃなくて自分で服をデザインして作れるようになること、ミニマルに生きること、病気とのうまい付き合い方を見つけること、もう少し感情を出せるようになること。他にも、いっぱい叶えたいことはあるけれど、特に頭の中で反芻しているのはこれらの小さな夢たち。

 単純なことだけれど、次にこうしたいな、こういう風に変えていきたいなと強く願ったり、何度も何度も思い続けていると、自然とその思いに向かって人生が変わっていくように思う。


 お弁当づくりだって、自分とパートナーの健康を意識して、自分たちで口に入れるものを管理したいという思いと、節約したいという思いから少しずつ習慣化させることに成功した。

 面倒だなと思うことや、今日はサボらせてという日だってもちろんあるけれど、ほぼ毎日お弁当を作ることができているのは、お弁当をつくることの先にあるメリットを考慮して、行動できたからだ。常備菜を作るようになったことや、毎日続けられるシンプルな食生活を築いてきたことも、この夢の達成のために一役買っている。


 洋服の制服化も同じ。なにを着るかを考えるのが面倒で、好きな服を自分で作ってストレスを減らしたいという思いが原動力になった。自分の好きな形や、似合うパターンを探して、好きな色や好きな布で服を作ることで、サイズや流行などに左右されることなく、必要なものを必要なだけ準備できる。

 買うのではなくて、作ることを選んだのにも理由がある。まず、ファストファッションから離れたかったこと。自分の体に合うもので、自分のインカムでも問題なく購入できる服が見つけられなかったこと。そして、作ることで新しい技術を習得できると思ったこと。

 まだまだ技術的には未熟だけれど、既存のパターンをアレンジできるくらいまでは、独学でできるようになってきたし、服の仕上がりも、どんどん綺麗になってきている。ディティールにもこだわれるようになってきた。自分のワードローブは、インナーや下着をのぞいて、ほぼ自作の洋服になった。これも、たくさんの失敗から学んで、次はこうしようという反省を活かしてきたから。だから、次は自分でデザインもして、パターンを作れるようになりたいと思っている。絶対にできるようになるという、確証のない自信さえある。




 わたしの夢の中には、金銭的に豊かになるとか、誰かより優れた何者になるとか、有名になるとか、そういうことは含まれない。だから、貧乏なままなのだと思うし、一般的な成功者のイメージとはかけ離れているんだと思う。だけど、わたしの基準の上では、十分に幸せで、多くのことを達成しているとは思う。自分のエシカルなvisionにも矛盾しないし、自分自身に嘘もついていない。

 でも、たまにこれでいいのかなって思うこともあるし、よそさんの価値観に飲み込まれそうになったり、なけなしの自信を失ってしまうこともある。自分じゃない誰かになろうとしてしまうことさえある。だけど、胸の中にある、「こういう風に生きたい」というvisionを思い出して、何度も反芻していたら、軌道修正できる。目が曇っても、判断力が鈍っても、立ち上がれないくらい疲れても、自ずと戻ってこれる。そんな気がする。

 妄想の延長線上かもしれないけれど、こういう風に生きたいというvisionは常に持っておきたい。誰かのvisionじゃなくて、自分自身の。

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