台風のすぎたあとに



 今年の台風19号は、これまで経験したことのないものだった。

 これまで記憶にあったもっとも強い台風は、日本に移住してきた直後に経験したものだ。(調べてみたら、平成2年の台風第19号。このときも19号だったらしい…)
 山梨の古い平屋の家で、近所の人たちが窓の補強を手伝ってくれたように記憶している。家全体が大きく揺れて、がたがた大きな音をたてて、洗車機の中にいるような感じだった。子どものころのことはほとんど覚えていないけれど、この台風のことは不思議と印象に残っている。


 大人になって、強い台風の記憶が塗り替えられることになった。ニュースでは、上陸前から警戒が必要だと言われていた。わたしの病気は災害にとても弱い。薬が飲めず、断水してしまったらおそらく2日は保たない。だから、今回の台風がとても怖かった。

 上陸の数日前から飲料水や保存食などの準備をはじめ、ベランダの片付け、避難場所やハザードマップの確認、冷蔵が必要な薬を冷やしておくための保冷剤の準備など、熱心にやった。これまでこんなに一生懸命に台風対策をしたことなんてなかった。普段、気持ちが滅入ると「もう死んでもいいや」って思うこともあるけれど、このときの自分の必死さは、「生きたい」という気持ちの表れだったのだと思う。

 台風上陸当日も、常に気が張っていた。わたしが住んでいる地域は、午後の早い時間には避難勧告がでていたものの、家の方が安全だと判断して留まることにした。うちにはテレビがないので、twitter や AbemaTVから絶えず情報を集めては、状況を把握して、万が一状況が悪化したら避難すべきか、次にとれる行動はなにかを、必死になって考えた。

 実を言うと、台風前日は1時間程度しか睡眠をとることができなかったし、台風当日も、まったく眠れていなかった。疲れているはずなのに、目が冴えて仕方なかった。生き延びるためのサバイバルモードになっていたのだと思う。雨風が強まって、スマホに緊急速報が届くたびに、心臓がばくばくした。

 雨戸を締め切っていたので、実際にどの程度の風が吹いて、どれほど強い雨だったのかは目視できていない。ただ、外から聞こえてくる音は恐ろしくて、悪夢で目が覚めて怯える子どものような気持ちになった。

 21時半をすぎてから、急にあたりが静かになった。しばらくは吹き返しがあるだろうと身構えていたけれど、雨も風も悪化することなくすぎていった。気づいたらそのまま寝落ちしていたらしい。



 翌日目がさめて雨戸を開けた瞬間、金木犀の香りがふわっと部屋に入ってきた。暑いくらいの日差しと爽やかな秋の風が吹いていて、生き残った、という感覚が身体中に広がっていた。喜ばしいことのはずだった。だけど、朝になって台風の被害状況が明らかになるにつれ、気持ちがどんどん落ち込んでいった。

 部屋の中に引き上げていたものをベランダに戻したり、避難のためにまとめていた衣類を片付けはじめたものの、途中で思考が停止して、苛立ちがどんどん募っていった。どこから手をつけたらいいのかわからなくなって途方にくれた。

 自分の持ち物が煩わしく感じられた。趣味のための毛糸や布も、心をこめてつくった衣服も、大事な本も、目に入ってくるものがすべて汚らわしく思えた。自分が生きているという事実も、好きでやっていることも、すべて無駄だと思った。自分の人生をコントロールできていない自分が気持ちわるかった。パートナーにも、当たり散らしてしまった。大変な台風を生き残ったのに、死にたいと思った。

 なんでこんな気持ちになってしまうんだろう。twitterにネガティブな感情を吐き出していたら、恩師からメッセージがあった。

「他のすべては捨てても、趣味だけは残すのがよろしいと思う。」

 この言葉を読んで、ふと冷静な自分が頭をもたげるのがわかった。そうだ、趣味がなくなったらなにを楽しみに生きるつもりなんだろう。それを犠牲にする意味って何?本当に無駄だと思っているの?無駄だと思っているのに、なぜそれがそんなに大事なの?本当に死にたいと思っているの?それならなぜ、必死に台風対策していたの?次から次へと、自分自身に問いかけた。ひとつひとつの問いに答えていくうちに、認知の歪みが生じていたことに気が付いた。脳が暴走していたのだ。

 台風に際し、どうやって生き延びるか、被害を極力小さくすためにどうしたらいいのか、そう言うことを絶え間なく考えるサバイバルモードになっていた。意識していなかったけれど、数日間、生存するために大きなストレス下にあったのだ。人間は脅威を目の前にしたとき、「闘争か逃走か」のために脳を活発に使って行動することできる。その際、コルチゾールというホルモン分泌することで、脳の働きを高め、身体能力を発揮するなどして脅威を乗り越えられるようになっている。

 自分でも忘れがちだけれど、わたしの病気はストレス状態をうまく切り抜ける構造に問題がある。ホルモンが分泌できないから、サバイバルモードになったあと、ホルモン不足で脳が疲労しきって誤作動を起こしたんだ、と我に返った。だから、これは自分の本心じゃない、認知の歪み、脳の暴走だとわかって、ネガティブな感情を一旦脇において冷静になれた。


 今回は、台風がきっかけだったけれど、これまで急転直下の落ち込みは頻繁に経験してきた。今までは、大きなストレスがどのように脳やホルモンに作用するのかを理解していなかったから、しばらくネガティブな感情に飲み込まれたまま、立ち直るのに異常な時間を費やしていた。その間、大事なことが何かを見失ったり、より一層自分自身を貶めてしまったりしていた。だけど、脳について、本で読んだり、調べていたりしていくうちに、脳の仕組みが少しわかるようになって、ネガティブな感情にブレーキをかけることができたのは大きな収穫だった。

 もちろん、今後もきっと同じような形で落ち込んでしまったり、鬱になったりすることがあると思う。ストレスから逃れることなんてできないから。だけど、「ちょっとまって」と自分自身に問いかけて、感情の精査、整理、仕分けができるようになっていくのではないかと思う。小さな気づきなんだけれど、今後の生き方に大きな影響がありそうだなと思う。

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