自分たちを守りたい



エストロゲンの休薬期間。そのせいか、心の中がひどく騒がしい。小さなことでイライラする。イライラすると、自分自身がすこしずつ剥離していくような気がする。その度に、良い自分の一部を失っていくみたいな。全部剥がれたら、わたしはどんな人間になるんだろう…


それに、今はこんな時分。コロナウィルスの影響は、予想していた通りどんどん拡大している。日本国内にいると、どうしても感覚が鈍ってくる。大丈夫なんじゃない?、たいしたことないんじゃない?って。でも、そんな悠長なこと言ってられない状態になってきていると思う。だからこそ日本語以外のニュースに触れるのは大事だし、その他の国のやり方を知るのも大事だって痛感する。そういうことを知っておかないと、現状のなにがおかしいのかさえわからなくなっていく。わからないと声も出せなくなる。



そうは言っても、自分の気持ちや考えを外に出していくことが、今、とても怖いと感じる。受取手によって、自分の意図しない方向に解釈されるかもしれないし、それが思いもよらないスピードで拡散されてしまう可能性があるから。(まあ、書くことや発言すること自体、受取手があってのことなので、意図しない方向の解釈はついてまわることだけれど、いろんなことがねじ曲げられたり、一部の文脈だけを切り取られたりした「つぎはぎの言説」が、拡散されるのはやっぱり怖い。それによって袋叩きにされるのは正直嫌だし、それだけの強いメンタルはない。)

それに、自分にどれほど知見があるというのだろう。ああだこうだ思っても、それは自分がそいういう恵まれた環境にいるから言えることだ、十分な知識がないのに偉そうな口をきくな、と言われると自分の口元を叩いて、黙るしかない。(って思ってしまう、モニョモニョ…)インターネット上では、そういう他者の意見をいろんな形で奪うような言葉が散乱している。(もちろん、知らないからって発言したらあかんというわけではない。そんなこと言い出したら、誰一人として書いたり、発言したりできなくなる。むしろ、アウトプットすることで露呈していくこともあるから、恐れずに出していけることが一番なんだけれど…)

本来なら、怖がらずにおかしなことはおかしいと言いたい。言えなくなってしまうっていうことは、それだけわたしが飼い慣らされているということの裏返しでもあって、それもとても悔しい。勇気がない。怖い。傷つけられたくない。そういう弱さがとても嫌だ。




こんなもやもやが体内に溜まっているのは、精神的にも肉体的にもあまり良くない。だからこそ、本を読んだり、手仕事をしたりしている。ひたすら。こういうとき、刺し子や糸紡ぎ、編み物なんかは荒ぶった心のよりどころになる。精神を一点に集中させること、マインドフルになること、それだけで少し呼吸がしやすくなる。

本を読むのも。今、知人に薦めてもらった『日本が売られる』(堤未果 著/2018年発行)という本を、このタイミングかよ、と思いながら読んでいる。でも、知ることの大事さを痛感するし、知らないでいたことに対し反省しかない。知らないことに気づくと、そこからもっと枝分かれして学べることが増えてくる。知ることで、わからないことに対する不安は消えて、安心に繋がる。いい循環だ。読んでいて不安になることも、腹が立つことも、無気力感を覚えるようなことがあっても、本を読むことを、知ろうとすることを手放したらダメだな、って思う。こんなときだからこそ。

友人たちなど身近な人に、もっと本を読もう、手を動かそうと話している。どれだけこの思いが届くかはわからないけれど。自分たちを守るためにできること、もっともっと共有しあっていきたい。

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