雑記 −日常を楽しむことと、様々な弱さについて− 



 ここ数日、お腹の調子がすこぶる悪い。ステロイドの減薬をしている影響かもしれない。下痢が続いていて、トイレとの往復がひどくつらい。ただでさえ、トイレの回数は人よりも多いのに、前からも後ろからもだだ漏れなのは体力を消耗して、なにもやる気がなくなってしまう。食事を作ることさえも。かといって、市販のお弁当や、カップ麺などで食事を簡単に済ませると、すぐにお腹を下す。自分で作るのが一番なのは、自分が一番よくわかっている。面倒な体だ。

 でも、身体が敏感であるというのは、悪いことではない。化学調味料や保存料、添加物等が苦手なのは、それだけ自然なものに身体が慣れているということだから。不便ではあるけれど、身体が楽なほうが良いに決まっている。

 それに、身体のために、ここ2週間くらいお酒を控えている。(ほんまは、2回だけ飲みました…) それまでは毎日飲んでいたので、今も突然、ああ、お酒飲みたい、となる。でも炭酸水を飲むと、お酒を飲みたいという気持ちは煙のように消えてなくなるので、多分炭酸水のような、シュワシュワ感とスッキリ感が欲しいだけなんじゃないかと思っている。炭酸水は常に買い置きしておきたい。





 刺し子や糸紡ぎ、編み物をひたすらやりつつ、香港映画好きな人々とオンライン上でウォッチパーティーを毎日のようにやっている。映画を見ながら、チャット機能を使って会話を楽しむ。Twitterもフルに活用して。わたしは大概は手仕事をしながらの参加なのだけれど、これが部活のようで楽しい。毎日たくさん遊んでいるな、って思う。

 これまでの自分だったら、楽しいことをただ純粋に楽しむということが苦手だった。いつもどこかで、こんなに楽しんでええんやろか、って思ってしまう癖があって。でも、今は純粋に楽しいことは、素直に楽しいと思ってええやんと、思うようにしている。罪悪感なんて不要。なにせ今は、家にいる時間がみんな増えているし、様々な形でストレスを発散したいときだ。好きなものを観て癒される、好きなものについて話して癒されることが、なによりも大事なのかも。少なくとも、わたしは新しい日課に助けられている。





 先日、精神科に行った際、担当医が笑ったのを初めて見た。(ムーミン谷とあだ名をつけている担当医のことが、わたしはほんの少し苦手だ。)

 コロナで社会全体が混乱しているなか、不謹慎ながら少し気持ちが楽になっています、と言ったら、担当医はにこやかな顔になって、そういう人今意外と多いんですよ、って言った。マスクで口元は隠れていたけれど、穏やかな笑顔だった。


 わたしが休職している会社は、全社員がリモート勤務に変わり、オフィスが閉鎖している。以前からエンジニアは、週に数回リモート勤務日があったけれど、それ以外の社員は基本オフィスに出社だった。わたしは、病気が悪化してからはリモートで勤務していたんだけれど、どこかで引け目を感じていて、ちゃんと会社に貢献できていないって思ってた。でも、会社自体いろいろ変わってきていて、完全にリモートの人も増えてきたし、今は一旦全員がリモートになっている。そのせいか、今まで感じていた引け目みたいな気持ちが薄れてきている。

 どこかを病んでいると、自分は社会の中で弱い立場というか、ダメな人間のような気持ちになる。だけど、いろんな人が今、働き方を変えたりしながら、試行錯誤していて、生きるのに苦労しているのは自分だけじゃないとわかる。社会全体が弱っている今、自分たちの持つ弱さが霞むというか、異常だと感じなくなるというか。勘違いして欲しくないのは、決して人の不幸を喜んでいるわけではないということ。万人が持ちえる弱さ、脆さが可視化されて、自分もこのなかの一部なんだと、うっすら感じられていることが、実は自分のような人には大事なのかもしれない、っていうことで。だから、心身の調子を崩している人たちの気持ちが楽になっているというのは、わたしにはとても納得がいく。


 オンライン上でなにかを発信したり、共有しあったり、今まで以上にオンラインでの交流が密になっているような気がする。私のような内向型で敏感な人間にとっては、これくらいの距離感のほうが過ごしやすい。できれば、この状態を維持しつつ、これが当たり前に受け入れられたらいいなと思う。今後、それぞれが得意な付き合い方、得意な生き方が選びやすくなればいいよねって、そんなことをぼんやりと思う。

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