​「まいぞめのす」なわたしたち。
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Mais ou Menos Knittingは、Maysa TomikawaとAya Wadaのふたりで運営しています。生きづらい現代社会の中で忘れられそうになっている、手紡ぎや手編みによる作品作りを行なっています。

Mais ou Menos(まいぞめのす)は、ポルトガル語で「まぁまぁ」という意味があります。この言葉を使うとき、手を地面と平行にし、シーソーのように左右に揺らします。表でも裏でもない、良くも悪くもない、そんな曖昧な存在であるわたしたちにぴったりな言葉だと思っています。

 

わたしたちのつくるものは、すべて手編みです。また、一部の商品は、原毛を混ぜ合わせ、糸を紡ぐところから始めています。

糸紡ぎや編み物は、はるか昔から、脈々と受け継がれてきたもので、人間の仕事の原点のようなものだと思います。どんな地域であっても、何かしら糸や織物、編み物と関わりのある歴史があって、その歴史を顕微鏡で拡大したら、母から子へ、祖母から孫へという、ファミリーヒストリーがあります。

女性の仕事としての糸紡ぎ、糸に関係する手仕事は、もともとは体を守るもの、家を守るもので、生活を守るものとしての、祈りを込めて作られていたと思うし、とても特別なことに感じます。

わたしは、イタリア系移民の子孫である祖母から、編み物の基礎を教わりましたが、祖母の編み方はポルトガル式なのだということを、大人になってから知りました。わたしの家系の女性たちが、どこかのタイミングで、ポルトガルの人からその技術を教わったのだろうなと思うと、その歴史をずしっと感じます。だからこそ、この技術を絶やしたくないし、出来るだけ多くの人に、手で作られたものの力強さ、あたたかさ、やわらかさを感じてもらえたらいいなと思います。

今の時代、既製品のほうが、仕上がりも綺麗かもしれないし、値段も安く、量産できるけれど、でも、綿花や麻といった植物、羊や蚕、いろんな自然ものから繊維をいただいて、昔からずっと続いている手法を用いて、手で紡いで、編むことで、脈々とつながってきた歴史の一部になれるような気がします。

そういうことを意識すると、大袈裟かもしれませんか、女性のエンパワメントの方法の一つなんじゃないかと思ったりします。自分で生きる力を持った魔女や山姥のようだとも。東京砂漠の一角に棲む、怪しげな山姥が夜な夜な糸車を鬼のように爆走させて、あれやこれや物語を想像(創造)しながら、語りかけるように編んでいる姿を想像してみてください。それ、わたしが心の中に抱いている私自身の姿です。

出来上がったものから、物語や思い出話を感じたり、聞き取ってもらえたり、景色が見えたりしたら嬉しいです。なにより、脈々と続いてきた手仕事の歴史を感じてもらえたらと思います。

Maysa Tomikawa

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