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もしも、でも、なんて言っても仕方ないよ

少し前のことを思い出してた。尿崩症になって、体調がどんどん悪化して、下垂体機能低下症なのではないかと先生に言われたときのこと。
 当時、主治医だった先生は、自分は糖尿病の専門で、下垂体疾患は専門ではないと前置きした上で、専門家がいる別の病院で検査入院するか、自分のもとで入院するかを選ばせてくれた。  すごく悩んだけれど、わたしは後者を選んだ。家からも、パートナーの職場からも近かったし、すでに一度入院していたから、勝手もわかっている。なにより、当時の自分は精神的にも、肉体的にも消耗しきっていて、大きな変化への恐怖心があったんだと思う。新しい先生との人間関係をつくることや、新しい病院での様々な検査、新しい環境で入院するのがとても不安だった。だから、その選択は、生きるのに精一杯になっていた自分にできた判断だったんだと思う。
 もしこのとき、新しい病院、それこそ今の担当医のところに転院していたら、25キロも体重が増えることもなかったかもしれないし、舌に白板症ができることもなかったかもしれない。そんな風に、無意識的に思ってしまって、喉の奥が苦い気持ちになった。今更そんなこと思っても仕方ないでしょ、と冷静な自分が言う。でも、心のなかでは、何度も何度も、「もしも」や「でも」って言う自分がいる。

 振り返れば、2回目の入院の、ずっとずっと前、それこそまる1年前から、下垂体機能低下症の症状は出ていたんだって、今のわたしにはわかる。だけど当時は、症状がどんどん酷くなって、心も、体もボロボロになるまで、わたしも、主治医の先生も、その変化にしっかりと向き合えていなかったのかもしれない。未知を恐れて、見ないフリをしていたのかもしれない。
 2回目の入院では、副腎皮質刺激ホルモンと甲状腺刺激ホルモンが分泌されていないことがわかって、それに対する対処療法は始められたけれど、成長ホルモンや、性腺刺激ホルモンが出ていなかったことには気付いてもらえなかった。  体調はある程度は改善したけれど、でも、やっぱり何かがおかしいままなのは、自分が一番わかっていた。相変わらず生理はないし、どんなにステロイドを増やしても、体調は改善しなかった。体重が恐ろしい勢いで増えて、鏡を見るのも嫌だったし、どんどん自信がなくなっていった。気持ちの落ち込みもどんどん酷くなって、仕事も手につかなくなった。
 このままじゃだめだと思ったのは…

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